日銀にはもはやインフレを抑える力がない(2)

 前回の記事で、現在の日銀は公開市場操作によってインフレを抑えるのが難しいことを説明しました。

 今回は、その他の金融政策ツールを使えば日銀がインフレを抑えることができるのか見ていきましょう。

日銀当座預金残高の利息を上げられない理由

 日銀には金融政策の手段として、公開市場操作以外にも日銀当座預金の利息を上げ下げすることができます。日銀当座預金とは、金融機関が日本銀行に持っている口座のことです。

日本銀行当座預金とは、日本銀行が取引先の金融機関等から受け入れている当座預金のことです。「日銀当座預金」、「日銀当預」などと呼ばれることもあります。

教えて!にちぎん – 日本銀行

 我々が銀行を通して決済をするように、それぞれの金融機関も、日銀に持っている口座を通して他の金融機関と決済を行っているわけです。

 さて、この日銀当座預金ですが、下の図からわかる通り、現在非常に低い金利がつけられています。

(出所)マイナス金利政策の波及経路を再強化 – 大和総研 中村文香

 日銀当座預金残高のうち、約200兆円には0.1%の利息がつき、残りの大部分には利息がつきません。割合としてはわずかですが、金利がマイナスなので預けているとお金を取られてしまう部分もあります。

 インフレを抑えるためには、上記のような低い金利を大幅に引き上げてやる必要があります。そうすれば、銀行などの金融機関は高い利息を目当てに、企業への融資を引き上げたり金融商品を売り払ったりして、日銀当座預金にお金を預けるようになります。

 そのようにして金融機関が日銀にお金を預けてしまうと、世の中に出回るお金は少なくなりますから、お金の相対的な価値が高まってインフレが抑えられるというわけです。

 なんだか上手くいきそうに見えますが、日銀にとってはデメリットがあります。それは、日銀の財務が悪化するということです。

 日銀も普通の企業や金融機関と同じように、赤字になったり、負債が資産を超えないように普段から気をつけています。しかし、日銀が当座預金残高の利息を上げると、そのような状況に陥る可能性が高くなるのです。

 2021年7月現在、日銀当座預金残高の合計は約540兆円に達しています。つまり、この残高全体に支払う利息を1%上げると5.4兆円、2%上げると10.8兆円の利息を一年間に追加で支払わなければならないということになります。

 2020年度の日銀の経常利益が1兆9,764億円、純利益が1兆2,191億円ですから、日銀当座預金の利息を少し上げただけであっという間に赤字になってしまいます。

 ちなみに、日銀当座預金残高がこれほどまでに大きい理由は、日銀が膨大な量の国債を買い続けてきたからです。これは前回の記事で説明した通りですが、国債を売ってくれた金融機関への対価として、日銀当座預金に自分で作り出したお金を振り込んできたのです。

 さて、普通の企業と同じように、日銀も赤字が続くと債務超過という状況に陥ってしまいます。債務超過の説明は以下の説明がわかりやすくまとまっています:

債務超過とは、会社が抱えている負債の総額が、資産の総額を超えている財務状況を指します。

(中略)

債務超過の状態が続けば、いずれ資産のすべてを売却しても返済が間に合わず負債だけが残るため、会社の存続が困難になるでしょう。

債務超過とは?倒産するの?意味や企業がとるべき解消方法について – マネーフォワード クラウド会計

 日銀は自分で日本円を作り出すことができますから、普通の企業と違って債務超過に陥っただけで倒産するようなことはありません。借金を返すために自分でお金を刷って返すことができるのです。

 しかし、赤字や債務超過の日本銀行が借金を返すために刷ったようなお金を信用してもらえるのかというと、それはまた別の話です。まずは外国の金融機関、そしてやがて国内の人々も信用しなくなり、日本円の価値は暴落してしまうでしょう。

 日本銀行のような中央銀行の財務の健全性と貨幣の信用の関係というのは、これでひとつの大きなトピックになりますので、さらに詳しい話はまた別の記事で解説したいと思います。

 以上の議論をまとめると、日銀は当座預金の金利を上げると、その負担で自分が赤字になったり債務超過に陥ったりするため、インフレを抑えるほど大きく、また長い期間、金利を上げることができないということです。

公定歩合を上げても意味がない

 前回説明した通り、日銀は過去には金融政策のツールとして以下のようなものを使っていました:

  • 公定歩合
  • 法定預金準備額  

 もしも公開市場操作や日銀当座預金の付利でインフレを抑えることができないのであれば、このような過去のツールを使うことはできないのでしょうか?

 公定歩合とは日本銀行が金融機関にお金を貸し出す際の金利ですが、これを使うのは難しいと日本銀行自身が認めています:

かつて、日本銀行の主な金融調節手段は、オペレーションではなく、「公定歩合」により金融機関に貸出を行うことでした。

(中略)

しかし、1994年(平成6年)に金利自由化が完了し、「公定歩合」と預金金利との直接的な連動性はなくなりました。

以前の「公定歩合」は、現在、どのように位置づけられていますか? – 教えて!にちぎん

 つまり、金利が自由化されている現在、たとえ日銀が金融機関に貸し出す金利である公定歩合を高くしても、金融機関同士の貸し借りが低い金利でなされているのであれば、誰も日銀から資金を借りようとしません。公定歩合の操作は、インフレに対してなんの効果もないということになります。

法定準備率の引き上げは金融危機を引き起こす

 それでは法定準備率を上げるのはどうでしょう?

預金準備率とは、準備預金制度の対象となっている市中銀行の負債(準備預金制度対象債務、主に預金)に対し、法律上義務付けられている中央銀行当座預金残高の割合、すなわち、中央銀行当座預金に再預金しなければならない割合を意味する。法定準備率、支払準備率とも呼ばれる。

ファイナンス用語集 – みずほ証券

 この法定準備率を上げれば、民間の銀行が預金によって集めたお金をより多く日銀の当座預金に預けなければならなくなります。そうすれば世の中に出回るお金の量は減りますから、インフレを抑えることができるというわけです。

 また、法定準備預金の金利は日銀自身が決めることができますから、これを低く抑えておけば、上記で見たように日銀が債務超過に陥るようなこともありません。

 これは一見上手くいきそうですし、実際に日銀がこのようなことをする可能性もあるのではないかと私は思います。

 しかし、これは民間銀行の損益や預金者の行動を無視した議論です。もしもインフレが進んで日本円の価値がどんどん低くなっていく中で、強制的に金利の低い日銀当座預金に大量のお金を預けさせると、民間銀行は損をすることになります。

 銀行が損をするという噂が広まると、取り付け騒ぎが起こったり、連鎖的な信用不安で金融危機に発展したりします。こうなってしまってはインフレを抑えるどころの話ではなくなってしまうでしょう。

 また、民間銀行が低金利で日銀にお金を置いておかなければならないということは、その民間銀行の預金金利も低いままに据え置かれるということです。もしもインフレが進む中、いつまでも銀行の預金金利が低いままであったら、その銀行にお金を預けている人たちは、預金を引き出して外国の債券や金(ゴールド)を買うようになるでしょう。

 このように多くの人が日本円以外の資産を買うために預金を引き出すと、これもまた信用不安に発展してしまいます。法定準備率を引き上げれば力づくでインフレを抑えることができるように表面上は見えますが、結局災難を招いてしまうことがわかります。

 この記事と前回の記事で、日本銀行がインフレを抑えることが難しいことを説明しました。次回は、政府が財政政策でインフレを抑えることができるのか確認したいと思います。