前回の記事で、戦後のイギリスでは比較的高いインフレーションにもかかわらず、金利がそれほど上がらなかったことに言及しました。
この記事では、イギリスが低金利を維持し、財政再建に成功できた理由を見ていきます。
通常は、借金を抱えすぎた国家は次のようなサイクルでハイパーインフレになってしまいます:
1.国債を発行して、政府がお金を使う
2.使ったお金が世の中に出回ってインフレになり、お金の価値が下がっていく
3.将来お金の価値は下がるので、お金を貸す人はより多くのお金を返してもらおうとする
4.すると金利が上がる
5.上がった利息を払うために政府はもっと国債を発行する
この悪循環にはまって、最終的には外国や国際機関に助けてもらったり、通貨を放棄したりする羽目になるわけです。
しかし、第二次大戦後のイギリスでは、上記の3や4に当たる部分が起こりませんでした。インフレになったにもかかわらず、返済利息である名目金利がそれほど変わらなかったのです。
ちなみに、名目金利と実質金利には以下の関係が成り立ちます:
名目金利=実質金利+期待インフレ率
証券用語解説集 – 野村證券
インフレ率が高いにもかかわらず、名目金利が低いのですから、当時のイギリスは実質金利がマイナスだったことがわかります。
実質金利をマイナスに抑えることができた理由は「金融抑圧」とよばれる政策にあります。これは銀行などの金融機関に国債を買わせて金利を低く抑えることです。
しかし、銀行も国内金利が低いのであれば儲けを増やすために外国に投資しようとするものです。すると国債の需要が下がって、結局金利は高くなってしまいます。それを防ぐために、政府は外国への資本移動を制限します:
金融抑圧のもとでは、政府は金融機関に国債の保有を義務づけ、国際的な資本移動を制限する規制措置により、消費者や金融機関が国債や自治体の債務以外に投資しづらくします。
Financial Repression: Evidence and Theory – Chari, Dovis, and Kehoe (2016)
また、当時は政府が銀行の貸出金利を低く制限することもできました。銀行としては、企業に貸し出す際の金利がとても低いのであれば、安全な国債に投資する方がまだマシだ、と考えるわけです。
このように、たとえインフレ率が高くても、当時のイギリス人は低い金利に甘んじて国債に投資することしかできなかったわけです。そしてみんなが国債を買うので、金利がそのまま低く抑えられ、政府の負担も小さくなっていったというわけです。
果たしてこのようなことは現代の日本でも可能なのでしょうか?
残念ながら、二つの理由から戦後イギリスのような金融抑圧は難しいと言わざるを得ません。
一つ目の理由は、過去のように国際的な資本移動を制限することが困難なうえ、金利を制限することもできないからです。
法律や国際的な評判の観点からもそうですが、これだけさまざまな金融商品があり、暗号資産まで個人が買える環境では、国が過去のような規制を敷こうと考えても、抜け道が多すぎて望むような結果は得られないでしょう。
ふたつ目の理由は、財政赤字の中身です。
過去のイギリス政府が累積債務を抱えた理由は戦争でした。これは一時的なものであり、終戦後に曲がりなりにも経済成長を実現して人口も増加していたので、今後も借金がずっと増え続けるとは考えづらかったはずです。人々が渋々ながらも国債を買い続けた理由でしょう。
ひるがえって、現代の日本政府が借金をする理由は人口構造と社会保障支出です。年金や医療費は今後もずっと払い続けなければなりませんし、高齢化はどんどん進んで、これが改善する兆しもありません。この状況のもとでいつまでも国債と日本円の信頼を保ち続けるのは難しいでしょう。
金融抑圧が難しいということは、お金が日本円から逃げていくことができるということです。もしそうなってしまえば、一気にハイパーインフレというパンドラの箱が開かれてしまうでしょう。そうなっても生き延びることができるよう、個々人の防衛策を今後も考える必要がありそうです。