前回の記事で、賃金上昇によってインフレが始まる可能性を説明しました。また、金融政策の手段を失っている日銀は、そのようなインフレが発生しても、指をくわえて見ていることしかできないことは以前述べたとおりです。
今回は、円安によってインフレが進む可能性を見ていきたいと思います。
円安からインフレへの波及経路
円安がインフレにつながるルートは大きく分けてふたつあります。
ひとつはコスト上昇のルートです。円安は他の国の通貨とくらべて円の価値が下がる現象ですから、モノやサービスを輸入する際に支払わなければならない金額が日本円換算で高くなってしまいます。すると最終的に消費者の払う金額も大きくなってしまうというわけです。
もうひとつは、以下の引用の通り、円安で好況になることによる効果です:
円安になると、海外では日本の製品が安くなり買いやすくなります。日本では海外に輸出をする自動車メーカーなどが経済的に大きな割合を占めているので、輸出が増えて企業の業績があがると景気が良くなります。景気がよくなると、お給料も上がり、モノがよく売れてインフレが起きやすくなります。
外貨預金のお役立ちコラム – 三菱UFJ銀行
円安によるコスト上昇が直接インフレに与える影響は小さい
では実際には、為替相場から物価水準への影響はどれほどのものなのでしょう?実は、コスト上昇による為替相場の消費者物価指数に与える影響は、ここ数十年ほどで弱くなっていることが知られています。コロンビア大学のミシュキン教授は、講演の中で以下のように発言しています:
Gagnon and Ihrig (2004)は、為替相場が消費者物価に与える影響を、広範な産業国の1971から2002までのデータを使用して推定した。
(中略)
安定した金融政策のもとでは、通貨が10%切り下がることによって物価が0.5%上昇すると推定された。
Exchange Rate Pass-Through and Monetary Policy – Frederic S. Mishkin
この結論から予想するのであれば、物価上昇率2%を円安によるコスト上昇だけで達成するためには、他の通貨に対して40%も減価しなければならないことになります。
為替市場はハイパーインフレに拍車をかける役割を果たす
正直な話を申し上げれば、この記事のトピックを選んだ当初は、円安によるコスト上昇が発端となってハイパーインフレになるシナリオをお伝えしようと考えていました。しかし、上記の実証研究が示すように、円安がおもな引き金となってインフレが発生し、それがハイパーインフレにまで悪化してしまうということは考えにくいようです。
どちらかといえば、他の何らかの影響でインフレが発生し、それを日本銀行や政府が止められないうちに為替市場からの影響が加わって、インフレが亢進するシナリオのほうが現実的でしょう。これを具体的に以下で説明したいと思います。
まず一般的に、為替レートは長期的にはそれぞれの通貨の購買力で決まるとされています。つまり、1ドルと100円で同じものが買えるのであれば、為替レートは1ドル=100円に落ち着くはずだ、ということです。
もしも、1ドル=100円にもかかわらず、1ドルでより多くのものが買えるのであれば、米ドルでものを買ってそれを日本円で売れば儲けが出てしまいます。この裁定取引ををたくさんの人がするようになれば、米ドルの需要が高まってドル高になりますから、為替レートは是正されることになります。
さて、この為替レートが通貨の購買力で決まるという考え方は、もしも日本がインフレになって100円で買えるものが少なくなれば、円安になっていくことを意味します。
このとき、為替レートはその時点でのインフレ率だけではなく、「期待インフレ率」にも依存します。つまり、将来的に物価がどの程度上昇するかの予想が大事だということです。このような理由から、もしも日本をインフレが襲うとの予想が市場で形成されると、実際の物価が反応する前に、為替レートがいち早く反応して円安が進むでしょう。
このとき、円安で海外から見た日本のものはなんでも安く見えますから、日本のモノやサービスへの需要が高まるでしょう。インバウンドもさらに増えることは間違いありません。不動産への投資も活発になるでしょう。
このように、円安は需要を通じてインフレを高める効果がありますが、過去の記事で述べたように、日銀や政府にはインフレを止める力はありません。一時的な活況にわくでしょうか、やがて混乱に陥ることになるでしょう。