前回までの記事で、現在の日本銀行の状況では、金融政策によってインフレーションを抑えることは難しいことを説明しました。
このような話をすると「金融政策がないのであれば財政政策がある。もしもインフレになったら政府が財政を引き締めればよいのだ」という議論をする人がいます。これは果たして可能なのでしょうか。
財政政策による物価のコントロール
財政の引き締めでインフレを抑えるというのは一見、理にかなった議論です。マクロ経済学のモデルでは、以下の図のように物価水準はモノやサービスの総供給と総需要によって決まります。
このグラフでは縦軸が物価水準、横軸がモノやサービスの量を表しています。総需要は物価水準が下落すると減りますから右肩下がりの線になり、総供給は物価水準が下落すると増えますから右肩上がりの線になります。物価水準はちょうどそのふたつが均衡する点で決まるというわけです。

さて、政府が歳出を削減して財政を引き締めたとしましょう。歳出の削減にも複数の方法がありますが、例えば年金が減額されたとすると、それぞれの価格水準における総需要は減退することになります。これは下の図のように総需要曲線の左方向へのシフトとして表されます。
すると、Eで表される総需要と総供給の均衡点も左下に下がり、物価水準がP*からP’に下落するのもわかるかと思います。財政政策によるインフレの抑え込みというのは、このような議論が念頭にあります。

財政引き締めの具体的な中身
インフレを抑え込むといえば聞こえはいいですが、上記のモデルで行っているのは、物価のために経済をわざと冷え込ませるということです。そのための具体的な政策はどのようなものなのでしょうか。
歳出を削減するにしろ、増税を行うにしろ、インパクトの大きなことをしなければなりません。ちょっと歳出を減らしたくらいでは国全体の経済が冷え込んだりしないからです。
現在歳出で大きな割合を占めているのは、下の図からわかるように社会保障費、地方交付税交付金、そして国債費です。国債の元本を返済したり、利子を支払ったりしなければ、日本政府のデフォルトということですから、これはどうにもなりません。つまり、社会保障費か地方交付税交付金のいずれかを減らさなければならないということです。

社会保障費はおもに年金や医療費のことです。一方、地方交付税交付金は各自治体で福祉や教育、インフラの整備に使用されています。もしも大幅な歳出削減を行うのであれば、これらに大鉈をふるい、年金や医療、恵まれない人々のための福祉をカットすることになります。
次に歳入にも目を向けてみましょう。炭素税など、新たな税金を設けるのでなければ、経済を冷え込ませるためには既存の税金の税率を上げることになります。

こちらも日本経済を冷え込ませるためには、インパクトの大きな増税をしなければなりませんから、消費税や所得税の増税が不可欠でしょう。あるいは、法人税のうち、課税ベースの大きな中小企業にかかる法人税率の引き上げということも考えられます。
インフレの抑え込みは選挙を見据える政治家にはできない
内訳を確認すると、インフレを抑え込むほどインパクトの大きな財政の引き締めというのは、有権者には極めて不人気な政策ばかりです。物価が上昇してきて国民生活が苦しいのに、年金をカットしたり消費増税をおこなったりすれば、その政権はすぐに倒れてしまうでしょう。
物価のコントロールが、世界中で政府ではなく中央銀行に任せられているのもこれが理由です。数年に一回の選挙を控えている政治家は、ともすれば近視眼的になりがちですし、国全体の物価水準よりも選挙区住民の生活のことをまず考えます。
民主主義の構造上、物価のコントロールというのは政府にはそもそも向いていない仕事なのです。現在の日本政府だけ都合よくインフレを抑え込めるというのは、虫がよすぎる話でしょう。
今回までの記事で、インフレがいったん始まってしまえば、日本銀行にも政府にも物価の上昇を抑え込むのは非常に難しいことを確認しました。次回以降、日本のインフレはどのようなきっかけで始まるのか考えていきたいと思います。